理事長からのご挨拶 (2022年8月29日掲載)
早稲田大学の西多昌規(にしだまさき)です。2022年8月26日に開催された理事会において、日本スポーツ精神医学会理事長に選出されました。日本スポーツ精神医学会の歴史と伝統を受け継ぎ、時代の変化を反映させながら、臨床・研究・教育の点から、さらに学会を発展・成長させていきたいと考えております。
日本スポーツ精神医学会は、2003年に設立され、2022年での会員数は334名となっております。医師、看護師、心理士、精神保健福祉士など医療従事者から、健康・スポーツ科学の研究、スポーツ・体育教育、障がい者スポーツ、スポーツ現場での指導者やトレーナー、ひいては現役の選手・アスリートまで、スポーツに関わる非常に幅広い分野に関わる会員が集っております。
日本スポーツ精神医学会設立の趣旨は、身体の問題に限局されていたスポーツ医学が、メンタルヘルスの意識の高まりを受け、こころの問題に正面から取りくまなければならなくなった時代背景があります。折しも、エリートアスリートのメンタルヘルスがこの数年注目を集めてきています。スポーツの現場でも、メンタルヘルス・精神医学も問題が顕在化し、専門家の需要が増えています。スポーツと精神医学との関係を研究する学問領域としての「スポーツ精神医学」の必要性は、ますます高まってきています。
精神医学も、この10年で様相を大きく変えつつあります。発達障害が、統合失調症やうつ病に匹敵する重要な問題となってきています。特に精神刺激薬とアンチドーピングの判断は、スポーツ精神医学でしか対処できません。働く人のための精神医学「産業精神医学」も成長著しい領域ですが、体力増進や自己効力感の向上に役立つスポーツは有用であり、スポーツ精神医学が貢献できる可能性は大きいことは間違いありません。
先述した、メンタル不調と無縁と思われていたアスリートも、近年ではむしろ非常に強い心理ストレスに苛まされ、治療が必要な精神障害と診断されるケースが、レベルを問わず増えてきています。競技へのプレッシャーはもちろん、近年のSNSによる誹謗中傷、ハラスメントの問題など、これまで顕かではなかったストレッサーの問題も見逃せません。アスリートが相談・受診しやすいシステム、環境作りに向けた研究とアクションを進めていきます。女性アスリート特有のメンタルヘルス問題も当学会は以前より関心を持って活動しており、今後もサポートを推進していきます。
精神障がい者スポーツは、当学会における重要な領域の一つです、当学会では主にフットサルを活かして、リハビリテーションへの応用やコミュニケーションの一助として、精神障がい者の治療やウェル・ビーイングに向けた活動や研究を行ってきています。今後は、活動の領域を日本各地に広げていき、かつフットサル以外のスポーツ種目も取り入れるなど、積極的な拡大を行っていきたいと考えております。
スポーツの定義は、さまざまです。強調しておきたいのは、アスリートやスポーツ愛好家など、「する」だけがスポーツの利点ではありません。スポーツをする人を「支える」、あるいはスポーツを「観る」という行為も、スポーツの重要な要素です。トレーナーなど「支える」人の心理サポート、「観る」ことによる人々のウェルビーイングの向上といった、これまで看過されていたスポーツの利点にも、精神医学の役立つことは少なくないと思います。
Lifestyle Psychiatry(ライフスタイル精神医学)という用語を、近年よく目にするようになりました。Lifestyle Psychiatryとは、健康への総合的・全人的なアプローチを通じて精神疾患に取り組むことであり、精神疾患の管理をサポートするために運動、食事、睡眠、マインドフルネスの実践を推奨するとされています。薬物療法に過度に依存しない精神疾患のマネジメント戦略であり、運動とスポーツは、今後の精神医学を考える上でも、欠かすことのできない生活習慣であると言えます。
これからは、若手ならびに女性の方に会員になっていただけるように、スポーツ精神医学の魅力を発信し、発展へのエネルギーと多様性、柔軟性を高めることができればと考えています。最後に、私たち会員の力を集結し、スポーツ精神医学を日本の隅々まで普及させ、かつ国際的に発信し、社会へ貢献していきましょう。
日本スポーツ精神医学会
理事長 西多 昌規